司会者 感話

(1月)

・先週8、9日2日間 スカイプによる冬期集会に参加でき感謝でした。

私の好きな聖書箇所は、➀フィリピの信徒への手紙4:6~7 求めているもの神に打ち明けよ ②マルコ14:38 神は無条件で我々を受け入れる 和解をも受け入れてくださる

 1月4日床屋へ行き、髪の毛カットして頂きました。82歳のおじさんが店を開いています。 その後、清水聖書集会へ行きました。三保に住む娘が尋ねたたところ、父が亡くなっていました。8日頃亡くなったとのこと。15日火葬しました。残念です。「ありがとう またね」でなく「さようなら」と言っていました。年齢を気にして「さようなら」と言ったのか…残念に思いました。

・―1月30日 感話会より―

 〇98歳になり体調が心配です。目がぼやける、耳遠くなる。聖書理解の力が弱なったかなと思う。皆さんの励ましで集会参加が継続できていて感謝しています。

 テサロニケⅠ5:9~18 P378「励まし合いなさい」 心に銘じて生きていきたい

 〇学び始めって短いです。聖書を読んでいないなとつくづく思います。マタイから読んでいて響いた。聖書は厳しいこと書かれている。本当の意味で十字架の贖いを信じて生きることができないと理解できないのかなと思う。自己嫌悪を感じること多いです。 自分の罪ことばかり考える。自己嫌悪とクリスチャンの感じる罪と又違うと思いますが。 罪の贖いを感じたい。不安みたいなものあります。しかし、あまり考えすぎないよう学び続けたい。若い時求めていた「ワー」とでなくて、冷静に学びたい。毎週、皆さんに合うのが楽しみです。

 聖書を学んで、聖書の言葉に心打たれたことがないのに、学び続けている。リコーダ仲間でクリスチャンいて、私が清水聖書集会に通っていることを言いました。その人に「聖霊感じたことある」と聞きましたら「感じる」と言っていました。1日1回の祈りを習慣付けてみようと思い実行しています。しかし時々忘れます。朝、目覚める時、人との交わりで気づかされる。自分は傲慢な人間と思っています。自分で何とか出来る、何とかしなければと思い、感謝が足りません。

今年の目標ですが、形から入ってみようと思います。神がおられると思って、祈りによって変えられるように練っています。 

 〇マルコの学びで気になった言葉は、9:23~26、29が心に残りました。祈りによらなければ信じ切ることはできないと思います。悪霊について、よくわからないが自分の中にもあるのかな、と思っています。私自身の事ですが、人を憎んだり、心配したり不安になったり…神様に任せ祈っていきたい。すると気持ちが晴れます。週1回の礼拝の学びは大きいなと思っています。

 〇マルコ9:48~50は、心に残る言葉でした。ケータイ、テレビ、デジタル化、人との接し方ですが、アナログ的に電波を立て過ぎないように自然に人との交わりをしていきたい。司会の当番ですが、最初はやらせられていると思ったが、聖書を読み祈る内「やらせていただいている」と変わりました。今年の目標は、兄弟姉妹のために祈ること。集会のために仕えること。

礼拝が休まず開催出来ていて嬉しいです。中田姉の参加、本当にうれしく思っています。

 〇マルコ8:31はイエスの復活予告です。死んでも復活させていただける。イエスの復活がなければ何を信じ、信じてはいけないか分りません。イエスを信じていれば聖霊が注がれます。

(2月)

・殆ど毎週、土曜日18:00からテレビのBSで「小さな村の物語イタリア」を観ます。イタリアの山間の部落や海沿いの小さな港町に暮らす2世帯を紹介します。小さな村の中で夫婦が協力し合う生活、あるいは子供家族と2世帯家族の明るい暮らしぶりを紹介します。田舎暮らしのため素朴です。小さな食品販売店、パン作りと販売、裏庭に広がる畑での野菜創り、果物の栽培等々の仕事の様子、そして、夫婦と子供家族との交流を紹介します。カメラを全く意識せず、ナレーターが静かでゆっくりした口調で家庭内のことを紹介されます。日本の昭和時代を思わせる家族そろって食事する事、一生懸命働く事、近所の人たちと仲良く交流する事等を淡々と紹介されます。平凡そのものですが、手を加えた番組でないことが何より素晴らしく思います。

健康であること、家族と平和に暮らせること、時々友人と会えること,さらに自然と接しられること、これがあれば後は何もいりません、登場する人々が口をそろえてそう言います。

感動します。心が暖かくなります。

・鼻水、くしゃみ、目には涙、何をするのも辛いです。夕方になると散歩に出掛けます。日が長くなり家から2キロ程の所に河津桜がありますが、ぼちぼち咲き出しました。蝋梅、梅、ボケ等も咲いています。外に出ればもっと咳、くしゃみ、鼻水がひどくなるのでは…と心配になります。しかし、意外と治まっていて嬉しいです。世界の人類は80億人、その中で約8億人が飢餓に苦んでいるそうです。心が痛みます。辛い人たちのことを思いますと何もなくても幸せです。神様から健康を与えられて感謝しています。 

・1か月があっという間です。また司会が回って来てびっくりしました。毎週中田姉が遠くから参加されてうれしいです。先週、休まれて寂しく思いました。今日また来られ嬉しい。 元木兄は98歳ですが、毎週元気に来られ、力をもっています。私も元気でなければと思います。中嶋兄は、体調が不完全でありながら、最近体調が良くなっているように感じます。小長井兄は、教会の早朝礼拝後に参加され有難いです。西澤夫妻がこの会場提供され嬉しいです。コロナの中にあって毎週、皆さんと集合でき感謝です。

人と会うことも難しい中、送迎して頂き感謝です。また、時々、送迎のコースを変えて走るので普段お目に掛かれない景色を見られ楽しいです。

人数が少ない中、励まし合い、祈り合い、嬉しい気持ちで一杯です。感染が拡大する中にあって少し心配ですが、これからも継続したいです。

・先週、眼科通院の帰り、躓いて路上に転倒しました。その際、体のあちらこちらをぶつけ、痛めてしまいましたが、なんとか家に戻ることが出来ました。今は右足首の痛み以外、気になる所はありません。まだゆっくりゆっくり歩いていますが、何とか礼拝に参加でき感謝しています。皆さんにお祈りして頂き本当にうれしく思います。心配かけ申し訳ありません。今日は、静岡新聞に掲載された社説「ヘレンケラーに学ぶ」(2021.12.21)を紹介させていただきます。

(3月)

・今朝は、強風で温かです。春一番かなと思います。暖かい日はホッとします。寒さで身構えた身体が柔らかくなり、肩が軽くなります。有難いです。今年の冬の寒さは厳しかった。福寿草の成長が遅く、長い間眺めることが出来てうれしい。 

暖かくなると空気も霞がかります。富士山もかすみ、ハッキリ見えません。春は、別れの季節、そして出会いの季節です。高齢になり仕事も離れますと代わり映えしない生活になりますが、それでも人生の計画を立てたい。代わり映えしないと決めつけず、少しでも自分だけの何か目標を立てたいと思います。のほほんとした生活はつまらないです。健康維持のため散歩に励み、また、ストレッチ体操をすると気持ちも軽やかとなり、スッキリします。一日何人と挨拶を交わすことが出来るかも目標としたい。聖書1日1章を学び、礼拝の準備、パソコン教室にも通いたいと思っています。

・昨年2月、徳島市の勝浦良明様が召され、先日、記念文集が送られてきました。頸椎腫瘍でしたが 良性でした。最初、筋萎縮側索硬化症の診断でしたが、それが誤診であることが分かりました。手遅れとなり手術もできませんでした。パソコンを使い、1曲1時間かけて約1万3千曲の伴奏を入力しました。私たちの集会の賛美の伴奏も勝浦さんによる伴奏です。話せない、肺炎、経管栄養…普通なら気が狂うでしょう。体を動かすことができません。お会いした時、話すことが出来ました。本当に驚きました。しっかりした声でした。呼吸器を付けず、こんなに話せる人はじめてでした。ご飯が食べられました。飲み込みは大変と思います。呼吸器を使って話す人は珍しいです。全国集会で証しされました。召される数年間、激痛に苦しまれました。床ずれやストレスで胃潰瘍手術もされました。笑顔で話され有難かったです。神様の元に帰られましたが、自由な体で神の元で、きっと穏やかに生活していると信じています。 

・今日の学びのペトロ第一の手紙5章の中で心に残った箇所は、7節「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」 常に神が共に居てくださるので心配せず、従っていけばいい。平安な気持ちになります。

 昨夜、地震がありました。清水は震度3でした。びっくりしました。くらくらしました。 テレビで大地震であることを知りました。今後、2週間くらい余震続くようです。

 沼津の小田夫妻はコロナ感染が収まらず礼拝に参加できませんが、きっと近日中に礼拝に参加できると信じます。私は、浜田にある天理教詰所の塀に掲げられた標語「感謝 慎み 助け合い」が素晴らしいと思います。困っている人がいれば手を差し出したい気持ちになります。

 ラジオの加藤諦三氏「人生相談」をよく聞きます。人間の願望は誰かと繫がっている事、そのことで恐怖感から解放されると言っていました。 

現在、内職しています。コロナの中で内職の量が減っています。しかし、仕事出来ることに感謝しています。夜、集会の兄弟姉妹のことを祈ります。自分のことも祈ります。ベランダで星や月を見るのが好きです。 

(4月)

・4月17日はイースターです。清水聖書集会で天に帰られた元木ナカコ姉、保科たみ姉、そして金浜満兄のことを話します。

 ナカ子教えられること沢山ありました。本当にいつもニコニコ笑顔が絶えませんでした。 笑顔で私を支えて頂き新設でした。

 たみ姉は、召される2年ほど前から入所されましたが、その施設が自宅から近く、2週間に1回は訪問しました。讃美歌を一緒に歌ったり、悩み事を聴いていただいたりしました。 司会担当の礼拝の日は、司会役が不安でしっかり出来るのか心配でなりませんでした。その週は司会のことばかり考えて過ごしました。前日までに準備をしますが、当日になると何も言えなかったらどうしよう…頭の中はグルグル回るばかりでした。たみ姉が、神の前で司会するので失敗してもいいのよ!」と、支えてくださいました。たみ姉が「私と一緒に生活したいなと思っていた時がありました。」とお聞きし、それほどまでわたしのことを思っていてくださり、本当に嬉しかったです。 

 ナカ子さん、たみ姉の2人の事、これからも大事にしたいので、何時までもしっかり覚えていきたいです。

 最後に、金浜さんですが、静かで無口な人でしたが、「大変優しかったです。ある日の夜、金浜さんから電話がありました。「いつもと違っていたけど大丈夫ですか?」と、心配してくださいました。長年連れ添った森さんと何となくよく似ていたと思いました。二人とも静かで優しくて、いい人が召されてしまって寂しく思います。 

 これからも三人のこと忘れず、清水聖書集会の主日礼拝に通い続けたいです。

・私もイースターの月にちなみ、集会の方々の思い出を話します。

石原兄は、謙遜な人でした。手紙や葉書をまめに書く人でした。皆さんもそうでしょうが私も沢山いただきました。また、人を悪く言う話は一切口にしませんでした。立派でした。私にとっては、完璧すぎて少々怖く感じたこともありました。大変、控え目でして、石原さんが言われれば、素直に従うしかありませんでした。間違いはない、嘘は言わない、大言壮語しない真実の固まりのような人でした。石原さんの話の最後は、「わたしはそのように信じます」で終わりましたが、信じますと言われますと、聞く者は、ああそうなんだと穏やかな気持ち、素直な気持ちになりました。クリスチャンらしい控え目で温和な気持ちが感じられ、良い表現だなと感心しました。 

 保科新吉兄ですが、無口ですがいつもニコニコ笑顔が絶えませんでした。ある一時期、私が勤務する職場と保科兄が乗車する駅の方角が同じでした。毎朝、定刻時間に小さなビニール鞄を下げ、桜橋の駅、向かう保科兄の姿を見かけました。堅実で実直な方でした。聖書の話もよく準備されました。御自身、毎月、「追分通信」を発行されました。夏場、暑さに弱い奥さんをしっかりカバーされ、リュックサックを背負い歩いてスーパーマーケットへ行く姿をお見掛けしました。まめな人だなと思いました リュックを背負い、スーパーマーケットへ行くことが恥ずかしい、ということはこれっぽっちも感じられず、本当に偉い人だと思いました。 

 奥様のたみ姉は、信仰と生活が全く同じでした。ご自宅の玄関に入りましても、飾り物が無く、簡素でスッキリしていました。いつも集会に参加される人を暖かく迎えられました。 集会の兄弟姉妹を大切にされました。一言一の声掛けの言葉に心がこもっていて、神を信じる人は違うな、と感心しました。司会者の感話も、常に低い姿勢で話され、毎回姉の司会の日を楽しみにしました。

 元木ナカ子さんは、雰囲気を和ませる明るさがありましたが、天性のものと感じました。 「馬鹿になれる人」で、本当に偉い人だな、と思いました。それでいて、常に深く考えている人でした。自分で納得するまでじっくりと考える人でした。また、相手の話も本当にしっかり耳を傾けられ、実に偉いなと感心しました。 

(5月)

・昨夜NHKで「ドキュメンタリー立花隆」見ました。 立花氏はジャーナリスト。膨大な量の書物を読まれた人。「知の巨人」と言われた。「趣味は勉強する事」とハッキリ言っていました。田中角栄の悪を暴き政界引退に追い込みました。膨大な資料を読み説き、田中角栄を徹底追及し引退に追い込み、一躍時の人となり、その功績たるや歴史に残ると言われている。そんな名誉より、「多くの時間を費やしてしまい、時間がもったいなくて仕方ない」とぼやく事しきりでした。毎日、時間が欲しいと思うほどに本を読まれた。そして世界中を歩き、現地に立ち、自分の目で足で確かめ、思索を重ねられた。医学から、人間とサルの違いについて、人はどこからきて今どこに立ち,どこへ行こうとするのか、哲学的な施策が専門と言われた。でも、特定の分野に捉われず人間の関わることは全て関心を持たれました。宇宙に興味を持たれ、人類の長い歴史の中を思えば、人の一生は如何に短いか。 だから時間を惜しみ人間がどこからきて、何処へ行こうとしているのか、もっともっと極めたいと言っていました。死期を意識し、「墓は要らない。散骨にして捨ててほしい。位牌も要らない。膨大な書物(20万冊)もすべて古本屋へ売り処分してほしい。何も残さないでくれ。」これは妻への遺言です。宇宙の果てしない時間・空間を思えば、人間の一生は微々たるもの、塵に過ぎないと悟る人の金言として拝聴しました。

・娘の職場場は障がい者施設です。本人は、自分に合った職場と気に入っています。娘がお世話している人の中に一際優しい知的障がい者がいます。その人は、「モジモジ君」と言われ、人見知りをします。仕事は一番早く覚えます。年齢は二十代。両親を交通事故で亡くし、家族は弟一人。後見人と共に時々、弟と会います。本人は弟について「元気でいればいい」と言っています。就労を目指す施設のため仕事が一定程度出来れば、施設から離れ、一般企業へ就職します。「今後どうしたいの」と聞けば、「もう少し自信を持ってから企業に就職したい」と言っています。娘には話せるが、他の職員には話せません。娘の話を聞いて「弟は、生きていてくれればいい」それで充分とのことのようですが、何と温かい気持ちなんだろうと感動しました。そういう人と共に働ける職場、娘にとっていい職場だなあと思いました。

・ここ二~三日、司会者感話の準備のため、古いノート、引っ張り出した。石原正一さんのことを思い出しました。

2010年石原兄召され、その後直ぐ奥様は、千葉の施設に入所された。施設に行く前の送別会、良かった。私は、石原兄から信仰生活について教えられた。息子の清の独立学園高校進学の事で相談に乗って頂いた。皆さんに付いて行くことが出来ました。奥さんの思い出を皆さんで語り合い、感謝して終わりました。その後、奥さんが召されましたが、今思えば、一方的に援助をして頂き、ろくに感謝もせず別れてしまいました。現在、西澤さん夫婦に世話になっています。この世を去る日まで、皆さんに付いて行きたいです。今後共、皆さんよろしくお願いします。

(6月)

・ロシアのウクライナ攻撃の報道を見ると目を負いたくなります。幼い子はどんな反応を持つでしょうか? 目に触れさせたくないです。我々は今、安全なところで生活しています。 届く情報はごく一部です。一日も安全な日常生活になりますようにとるばかりです。ロシアに制裁を課す、国交をやめる、貿易やめる、この政策は疑問です。「目には目を歯には歯を」と同じ考えです。これでいいのでしょうか? 敵を愛し迫害者を祈りなさい。神よ、彼らをお赦しください。 具体策は分りません。しかし、神の前に独り一人頭を垂れ祈る事が大事です。「目には目を歯には歯を」は我々の日常でもあります。イエスの愛を心して受け止めたいです。

・余裕について話したいです。余裕のないのはみじめです。心、時間、経済…余裕があるのか…。退職して5年経ちました。時間の余裕はあります。しかし夕方バタバタします。少し怠けているのかな…。実家は農家、広い土地には、梨、桃、桑、稲、畑、そして酪農と忙しかったです。母の畑を見ると草が生えてませんでした。除草剤を使っていません。養蚕をしていましたが、春秋夏3回飼いました。蚕は夜中に食事をします。糞の片づけは忙しいです。 生活に余裕はありませんでした。わたし幼稚園の時、豪雨に遭いました。甚大な被害が出ました。その後経済が大変でした。両親はいつも元気でしたし、余裕がありました。ウサギ、犬を飼い、かぼちゃの棚を作り、家で食べる野菜はほとんど賄いました。いつも心に余裕あったように思いました。せかせかしていませんでした。私は、余り手伝いませんでした

田んぼの草取りを手伝う程度でした。這って草を取るのは大変でした。

 今、ゆとりないのかなと思います。朝、静かな時、夜中、目が覚めた時、散歩の時に余裕を感じます。祈っている時、御心を為してください、の祈りをしますと心が落ち着きます。 余裕に繋が角でしょう。いろんな時に真剣に祈っていきたいです。神が知ってくださるだけで安心します。

 中田姉は、先週で来なくなりました。朝7時家を出て、ギリギリの時間に到着し参加していました。16時帰宅。経済的に出費が多く大変であったと思います。中田さんが日中留守になるので、昼食に弁当を買うことが嬉しいと言っていたようです。礼拝後、この場所たべて帰りました。8カ月間よく通ってくださったと思います。中田さんのこと祈っていきたいです。

・先日、中嶋兄が硬膜下血腫で入院されて心配です。中田姉が参加され時、1~2週間の参加かな、と思いました。それが9か月間参加されました。何かの機会にまた来ていただきたいです。皆さんでお祈りしましょう。俳優の谷原章介の朝のテレビを観ています。家族のために休みが取れないのが一番つらいと言っていました。他の女性が「睡眠時間が取れないようですが、眠くないのですか?」とお聞きしていました。すると谷原さんが「眠いですが、家族との時間がないことの方が淋しいです。」と答えていました。何て優しい父親なんだろうと思いました。私の父と比べてしまいました。谷原さんが、テレビで正直に家族の事を言える事、いい父親だなと思いました。

以前、西澤さんが「召されて天国へ行かれた人の様子、そっと覗いてみたい」と言われました。私は、集会に参加されていた金浜さん、たみさん、ナカコさんが天国に行かれましたが、せめて年1回でもいいから覗いてみたいなと思いました。

(7月)

・真夏の到来を感じる。こんなに暑いと早く涼しい秋よ、来いと思う。季節の中で生きていること実感する。現在、コロナ感染と熱中症の両方の注意が必要となった。医療機関どうなるのか心配。物価高も心配。心配することが多い。世界が冷戦時代に逆戻りつつあるようだ。世界の平和、平安を祈りたい

ロシアのウクライナ侵攻が益々激しさを増し心配。聖書には、「汝殺す勿れ」と言う。何故なら人は皆神様によって創造されたから。神によって創られた者同士が殺し合うことは、創造主の神が許さない。決して黙っていない。「隣人を自分のように愛しなさい」「剣を取る者は剣で滅びる」この言葉に帰らなければならない。ロシアのウクライナ侵攻の様子は、 世界中の人々がライブで見ることが出来た。ロシアは、言い訳はできない。大義名分を繰り返すが、それはロシア側の言い訳に過ぎない。ロシアがウクライナへ侵攻した当初、世界中がウクライナに同情し、心配した。当然の如く西側諸国は武器援助を開始。今ではアメリカ筆頭とする西側諸国の代理戦争となった。しかし、「剣を取る者は剣で滅ぶ」この結末が待っているだけである。

・先日、3泊4日の白内障の手術を終えました。良く見えるようになりました。入院病棟は骨折者が多くいました。歩行器、車いす利用している人が多くいました。また入院中、患者の声がよく聞こえました。「痛いよう」検温の時間になると看護師に向かって「触らないで、早く出て行って」と言う声が聞こえました。また、点滴針を抜く人もいました。高齢の患者が多く看護師が大変と思いました。トイレ同行の看護師が説明しつつ介護していました。 「痛いよう」を繰り返しましたが、終わると最後に「有難う」の言葉がありました。いいな~と思いました。祈りの中で手術を迎え、元気に退院できました。感謝です。

・依然と比べ、体と目が不自由になったように思うが、医者は心配ないという。しかし見えたり見えなかったりです。体全体は何とか動いているので集会には参加できている。イエスの愛を学ぶことできていて感謝です

「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」フィリピ3:13-14 愛を信じ、前を向いて歩みたい。天国に召してくださることを目標とし歩み続けたい。

(8月)

・最近、暑くてぐっすり眠られません。しかし昨日は、台風が通過し涼しくゆっくり眠られました。台風8号、土砂災害地域、避難地区、テレビの報道聞いていますと心配でなりません。清水区も駒越、庵原…レベル4の報道を聞きました。非難した方が良い?マンションへ避難? 結局様子見で終わりました。横殴りの雨でした。家の前の神社の木が音を立てて揺れていました。横殴りの雨でした。雨が急に止むと黒いアゲハ蝶が飛んでいました。蝶は弱いと思っていましたが強いと思いました。この夏、精いっぱい生きているなと思いました。 私は年金生活です。何時もゆったりしていますが、感話の準備になるとバタバタ。何とか変えたいのですが…。年金生活でもバタバタ生活。今迄生活して来れてたことに感謝です。 目の手術も終わり嬉しいです。本を読むことが好き、特に小学3年生の時、「安寿と厨子王」を読み心に残りました。苦しい生活の中、姉が厨子王を助け死んでしまいました。弟は偉くなって帰って来ますが、泣けて泣けて気の毒で。三浦綾子の「氷点」、新聞の連載で読みました。現在、手術し見えるようになり嬉しい。授かってばかりのものばかり…健康、仕事、 子供、全て神から与えらてたもの。賛美歌294番「この世の旅路を歩むぞ嬉しき 険しき山路もおぐらき谷間も 主の手にすがりて」の歌詞、いいですね。

・一週間本当にはやいなと思います。この一週間、司会のことで頭が一杯で焦りました。 早めに準備したいと思っていたが、結局、金曜日に準備しました。毎週、毎週、他の集会はオンライン開催。しかし私たちの清水集会は対面集会で開催でき有難いです。これからも続けられたらいいなと思います。

コロナ感染拡大、ウクライナの人々が亡くなるニュースを見て、心がふさぐ。てれびのCMで、「おばあちゃん、支払いの時、慌てなくていいんだよ。わたしもこのような人になりたいなと思いました。2,3日前散歩して帰ろうと思った時、信号機が青だったので渡ろうと思ったら、直ぐに赤の信号に変わってしまいました。軽い気持ちで渡ったら、後ろでパトカーが「信号を守ってください」と注意されてしまいました。夕方、ケータイが鳴りました。昔の友達からで「今日、赤信号で渡っておまわりさんに言われたね」 

今日の学びヨハネ6章、心に残った言葉は、20節、29節、39節でした。アパートを借りる時、保証人が必要となります。保証人がいない人大変です。そんな中で、私たちの保証人は神と思いました。聖書の学びの中でそう思うようになりました。

・足の骨折から半年が経ちました。皆様のお祈りで良くして頂きました。あの時、レントゲンを取ったら骨折していると言われショックでした。現在、普通に歩けるようになりました。足の事、これ以上の感謝はありません。ロシアのウクライナ侵攻で、怪我をしている人も大勢います。原発の恐ろしさを感じます。私たちは、イエスから不思議な平和を与えられています。一人でも多くの人がこの礼拝に集えますように。

(9月)

・2022年9月に入りました。今年も残り4カ月となりました。気持ちを引き締めないと、年月はあったいう間にすぎていきます。惰性でなく、一日一日今日のやる事は何かを考え、生活したいと思います。コロナ感染の心配、自分の体調は良好か、今年はインフルエンザが流行するとか…心配なことが思い浮かぶ。しかし、このような時こそ、隣人と交わりを積極的にしたいと思う。人と会うと刺激を受けます。気持ちが活性化します。自分の人生を長い目で眺め、残りの人生を考え、大切に過ごしていきたいと思います。何と言っても祈りのある生活をしたい。そして、神の御心を訪ね、イエスと共に生活したいと願っています。

・この会場に入って「昨夜、満月見ましたか?」の話をしました。母は、十五夜を迎えると芋や餅を備えるのに一生懸命でした。昨日午後3時過ぎ、自動車の点検に行きました。点検が終わるまで、庵原川沿いを歩きました。川沿いを歩きましたが行き帰りの道を対岸の別の道を歩きました。草がぼうぼうに伸び、草刈りのボランティア活動を辞めたのかなと思いました。埃で目から涙が出ました。工事中の個所があり、道路を渡るのに気を付けました。まだ日差しが強く汗が流れ、日中の散歩は大変は大変でした。渡邉和子様の最後の本、「どんな時でも人は最後に笑顔になれる」という本を読みました。

「神が置いてくださったところで咲きなさい…咲くという事は、示して生きる」 咲くことで、自分にしか咲かせない花を置かれたところで精一杯咲かせる。そうすれば、周囲を幸せにすることができる。神が置いてくださった場所は素晴らしい。戦争をくぐって生きてきた人で命の尊さを自然と感じました。 

・私は、人前での話のが苦手です。今週、司会のことで頭一杯でした。友人からの電話も何を話したのか忘れました。毎朝、散歩に出かけます。6時少し前に家を出ましたが、頭は司会の事ばかりでした。そうしたらいつも空は小さな飛行機雲ばかりなのに、その時は大きなひこうき雲、星、月を眺めていましたら、後ろから来た車にクラクション鳴らされました。 虹も出ました。ナカコさんやたみさん、金浜さんや森さんの顔を思い出しました。

 司会の話何を話そうか… 牧之原市の幼児が、バスの中に置き去りされ熱中症で亡くなりました。水筒の中身全部飲み切り、裸でした。どんなに暑かったでしょうか。理事長は言い訳ばかりでした。あまりにも可哀想過ぎる。バスの安全管理対策を考えてほしい。亡くなった子は戻らない。早めに対策をとってほしい。ヨハネ10:29-30「わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。わたしと父とは一つである。」  

(10月)

◆季節の移ろいを感じながら幸せを感じる日々です。昨日、自宅前の神社の金木犀2本が花を咲かせ、いよい甘い香りを楽しむ季節がやって来たことを知りました。甘い香りで気持ちが安らぎ、幸せだなと思いました。

中学生の運動会の帰り道、部活の友人宅に寄りました。その時、甘柿を一つ貰って帰る時、金木犀の香りが漂いましたが、今でも友人宅で柿一つ貰い、香りを嗅ぎながら柿を持って家に帰ったことを思い出します。

また、秋をも変えますとテラスに出て、夜空が仰ぎながら歯磨きをします。真っ暗な夜空にいくつかの星の輝きを見つけると、広大な空、果てしない広さを感じます。地球も小さな星の一つに過ぎないことを思いつつ、天地創造の神の存在を実感します。上空かなり高いところで赤く点滅しながら移動する飛行機を発見しますと、南へ向かう飛行機であれば、以前訪れたオーストラリへ行くのかな…と勝手に想像しています。果てしなく広がる夜空を眺める時間は気持ちが安らぎます。改めて、心に安らぎを与えれくれる秋はいい季節だなとつくづく思います。

◆先日の台風15号で断水しました。困りました。トイレは使えなくなり泣きそうになりました。 手洗いも洗面器に入れ、野菜を洗うにも水が沢山要ることを知りました。近所のパン屋、酒屋さんが「いつでも使ってください」と言ってくれました。給水車を待つ人が並んで待っていました。そんな中、80過ぎの友人が、静岡から1時間以上かけて2リットル入りのペットボトルを1ダース、持って来てくれました。他の友人は沢山の水を、元木兄の子供は沢山のペットボトルを都内で買って届けられました。

ニュースで断水の様子を知っていましたたが、実際に我が身に及び、水の大切さを知りました。長野の実家の祖父母が、湧き水を運んで生活していたことを思い出しましたが、大変だったんだなと思いました。昨日の保科たみ姉の納骨式が無事に終わった夜、娘の優子さんからお礼の電話がありました。友人のナカ子さんがよく「たみ姉は昔から体弱かった」と言っていました。夫や息子さんがよく支えていました。80歳になり、再び聖書学び始めた頃、聖書読んでも信じる気持ちがなく、猜疑心ばかり。信じる気持がなければ何も残らない。夫を天に送って84歳になった時、ふと死も近いかなと思ったと言っていました。夫の遺志を継いで頑張って生きていこう、礼拝を大事にしようと考えたとの話を思い出しました。私も礼拝を大切にしたいと思います。 

◆まだコロナ感染の続く中にあっても、毎週清水聖書集会は顔を合わせで開催できることを感謝します。先日、小田姉から電話がありました。「今、熱海の病院でリハビリに励んでいる。一日も早く礼拝でたい。「皆さんに宜しく伝えてください」と。早ければ今月中に退院かな、来月中旬には退院できそう。そうなれば、礼拝には電車で行くのでよろしくね。皆さんでお祈りしてほしい。」とのことでした 

先日、テレビをつけたら徹子の部屋を放映していました。美輪明宏がゲストでした。「見えるものを信じないで見えないもの信じなさい」と。何かこの言葉を聞いて、見えないもの信じなさい…神様のことを言っているように思いました。 

近所にスーパーがあります。開店10時ですが、従業員は5時半に働いています。開店に合わせて支度があり、働く姿を見て、私、このような内職をしていいのかな…と感じ、従業員に対し申し訳なく感じ、言葉がありませんでした。 

今は秋。楽しみは夜空です。寒くて空気きれいで見ているとホッとします。毎晩、星を眺め楽しんでいます。金木犀の香りが大好きです。秋が来たことを実感して生活しています。

10月8日たみ姉の納骨式は、前日に雨が降り心配でしたが、たみ姉が晴らしてくれたようでした。 納骨式が無事終わりました。たみ姉の家族の皆さんが遠方から来られ良かった。たみ姉は夫の場所に納まり、話をしているのでしょうね。集会で先に天に帰られた金浜兄、ナカ姉と共に楽しくあれこれと語り合っていることでしょう!

◆最近、声が細くなり、舌も回らなくなったように感じています。司会は、そろそろ卒業させてほしいなと思います。眼科医院の帰り、嫁を困らせる親戚の家を探そうとして転んでしまい足を痛めました。今は足が治り、ラジオ体操に復帰しました。そのラジオ体操に嫁も参加し始めました。これは、イエスの導きと思いました。

穏やかな時間過ごしています。あちこちで金木犀の香りがしています。今朝、富士山が壮大な姿を現しました。守られているなと思います。神に感謝します。

先日の納骨式は、良い天気の中、冷気に包まれ素晴らしい日でした。お孫さんたちをお守りください、と祈らずにはおれません。先日、祈りの友の合同集会も和やかなうちに終わり感謝でした。

ロシア、ウクライナの残虐な戦争が一日も早く終わるように、コロナ感染も一日も早く収まるように、沼津在住の小田兄・姉、そして療養中の中嶋兄もお守りくださいとお祈りします。

―10月30日 感話会-

◆昭和28年清水に来て直ぐキリスト教にかかわるようになりました。息子が独立学園を卒業、私は清水集会に出席し今日に至っています。父は私が小学校の時に亡くなりました。 戦後清水へ。石原家庭集会に出席。静岡市、静岡県の交わりに参加させていただく。石原兄の言葉「あなた方が私を選んだのではない わたしがあなたがたを選んだ わたしの愛にとどまりなさい」の聖書の言葉が印象に残りました。

どうしてクリスチャンの道に入ったのか…姉が荻窪の教会に行っていたのでついて行きました。午後まで教会で過ごしました。クリスマス会では私の役が羊飼いであった事を覚えています。「求めよさらば与えられん」の聖書の言葉が、私の基です。

2022年10月1日開催の「キリストの平和講演会」で「神の子として生きる」の講演を岡戸良子様からお聞きしました。私は自分のことしか考えていない者て、講演をお聞きし少しでも神の子として生きられたらいいなと思いました。10月8日保科たみ姉の納骨式 に長男、長女、集会皆さんで参加でき嬉しかったです。たみ姉も喜んでおられると思いますし、夫・新吉さんと一緒に納まりホッとしていると思います。

関根義夫氏のお話を伺った夏期聖書集会で前澤姉、西澤と共に参加しました。食事の席で関根先生が隣に招いてくれました。其の時、「集会、礼拝を守るように」と言ってくださり良い思い出になっています。

私は何故今、ここにいるのか。清水女子中学校に通いましたが、礼拝が学校にありました。聖書が一番嫌いでしたが、中村先生が「聖書が好きになるように教会に通うように」と言ってくださいました。そして16歳の時、清水教会へ行きました。市民クリスマスのコンサートの時、清水聖書集会のパンフレットを渡され、この集会に出席するようになりました。 今迄、このマンションの玄関まで来て5回くらいUターンして清水集会へ行ってしまいました。現在、大事にされていると実感しています。今後よろしくお願いします。 

1932年生まれです。結核を患う人が、希望の光を与えられるためにと思い、「祈りの友」に入会しました。「キリストの教会」でパンを頂きました。牧師から「僕の寿命は短いから清水聖書集会へ行きなさい」と言われ、この集会に出席するようになりました。石原兄から「ここでは聖餐式やらない、ここではお茶と菓子ですよ」と言われました。 

現在、ヨハネ福音書を学んでいますが、分かりやすいなと思っています。ベタニアでイエスに香油を注いだマリアの姿、美しいなと思います。マリアとマルタは別々であると思っていましたが、今は一緒と思うようになりました。

今年は、自然災害が多いです。これからも遭遇するでしょう。世界では、もっと大変な思いをしているh飛戸が大勢います。先の台風15号で、断水を経験しましたが、水が断たれた生活がどんなにつらい事か身をもって実感できました。難民の人たちはただ小屋に入って生活しています。勉強できなくてもボランティア活動しています。ヨハネによる福音書15:12「私が愛したように互いに愛し合いなさい」の言葉が浮かびます。

現在、清水聖書集会の礼拝、大変充実しているように感じています。今年6月、中嶋さんが硬膜下血腫により3回の手術を受け、その後、静岡リハビリテーション病院に転院。,同じ頃、中田さんが集会を離れ、また、コロナ感染の不安から小田夫妻も参加するのを控えました。以来、出席者は6名、以前と比べ少ない礼拝です。しかし、大変充実した礼拝が続きています。何故でしょうか? 聖霊がこの小さな群れを包み、守られ、祝福されているように思います。コロナ感染のことを思うと、少し不安を感じてしまいます。しかし、私たち6名は、その不安よりも、小さな集会の兄弟姉妹と顔を合わせ祈り、賛美し、イエスの御言葉に耳を傾けることを選択し集っています。この勇気ある選択を神は讃え、聖霊をこの集会に送られている…そのように思っています。神の御翼の中で、安心して礼拝が続けられていることを改めて感謝したい気持ちでいっぱいです。そしてこれからも、主に守られ皆さんで心から主を賛美し、大変厳しい時代を迎えていますが、これからもテサロニケ信徒への手紙にあるように「いつも喜び、絶えず祈り、どんなことも感謝する」ことを忘れず、明るく前向きに生活していきたいと思います。

 (11月) 

「わたしは弱い時にこそ強い」(コリントⅡ12:10)今、この言葉が心に響きます。現在、集会に出席できる兄弟姉妹が少ないです。入院中の兄、リハビリに励んでいる姉、しばらく集会を離れている姉等などがおられ、常時出席者が6~7名です。また、コロナ感染者が徐々に増加し、一抹の不安を感じて生活しています。更に、ロシアのウクライナ侵攻の終結の見込みがなく、相変わらずの物価高騰、円安によりエネルギー輸入依存が高い日本はライフライン高騰に直面し、家計を圧迫され続けています。このような私たちの生活を取り巻く環境が悪化する中にあって、いつもと同じように対面で主日礼拝を続けられ、聖日の度に兄弟姉妹とお会でき、主の御言葉を学ぶことが出来、共に賛美の歌を歌い、共に祈ることが出来る事の有難さをひしひしと感じています。「弱い時にこそ強い」の御言葉を感じつつ礼拝を続けられることの喜びを、今までにも増して感じています。

吉村兄発行の「いのちの水10月号」に盛岡の田口頌子さんの記事が掲載されました。田口さんは独立学園を卒業されました。現在、夫がパーキンソンで入院中です。田口姉はお母さんに似ています。父から祈るように、また、両親にずっと祈ってもらっていたと言ってました。父親であり、清水聖書集会の生みの親でもあります石原正一様は、讃美歌30番が特に好きでした。中でも3番の歌詞「かがやくとこ世のあした わがたまめさむるとき このよの朝よりきよく あおぎみん神のみかお」が好きでした。召される日、讃美歌30番を歌いたいと「3本の指を立てました」とありました。 喜びをもって天へ行ったと思うと言っていました。田口姉は、家庭が与えられここまで来ることが出来た、私達は大丈夫です、6が月の孫がありのままの表情ですくすく成長しています、と書かれてありました。石原正一さんは、西川勇平さんに導かれ信仰を持ちました。この西川さんから、清水聖書集会会員の保科たみ姉、元木ナカ子姉も信仰に導かれました。西川勇平氏の遺言「この喜びは何物にも代えられない」と記してありました。奥様の琴さんは最晩年、清水聖書集会会場の石原新聞店2階へ4人の方々に車いすに乗ったまま運ばれ、礼拝に参加参加されました。石原正一さんが亡くなられて賛美歌30番の3番の歌詞「かがやくとこ世のあした … あおぎみん神のみかお」が心に残りました。田口姉の生きた信仰が心に残りました。

コロナ禍の中にあっても礼拝が開催出来て感謝します。99歳の元木兄が前向きで感謝しています。元木兄の姿を拝見しますととても励まされます。聖書集会の兄弟姉妹は、皆温かく、大変いい雰囲気に包まれ嬉しく思います。11月8日火曜日、442年ぶりの皆既月食を朝から待っていました。待ち遠しかった。最初から最後まで見ました。オレンジ色の月を見て感動しました。流れ星はまだ見たことがありません。次の皆既月食は見れないので幸せなひと時を体験できました。

集会の皆さん一人一人が暖かいです。人の悪口や陰口がなく、寄り添い暖かな集会です。これからも続けていけたらと願っています。今日の学びの箇所で心に残った聖句は、ヨハネ福音書18:11「剣を鞘に収めなさい。父の盃は飲むべきではないか」でした。 

(12月)

・4日 元木兄の3男・兄恵三さんと奥さんが訪問された。父・元木岩夫さんの様子、健康な体や生活の様子を目で確かめたいとの事であった。部屋がきれいに片付いていいるかどうか…。 見当たらない通帳が再発行され届いた。その連宅を父から受け、安心された。そのすぐ後、西澤と話す機会があり、恵三さんが話の中で「子供3人がだらしなくて」と言われた。なかなか言える言葉でないが、はっきり言われ、本当に偉いなと思いました。

今年もいよいよ12月最後の月を迎えました。せめてと言っていいのか、今年最後の一か月“せめて”一日一日悔いの残らないよう大切に過ごしいと思っています。  

・11日 小田兄を集会に迎えることが出来て嬉しいです。宇野重吉の「秋の詩」2つ紹介します。  今年は、インフルエンザの流行の兆しがあると言われています。コロナ感染も勢いを増し、 うがいや手洗いをしっかりしたいと思っています。季節の変わり目はくしゃみが出て、わたしにとり辛い季節です。

地元の野菜直売所・グリーンセンターには、早くもフキノトウが出ていました。春の予感でしょうか、たくさんの花が咲き始めました。スイセンも咲き始めました。冬は悪いことばかりでありません。

世の中は、物価高、戦争、軍備を増やそう、防衛費増やそう…とんでもないと思います。 ウクライナとロシアの戦いはきりがありません。もう直ぐ1年経ちます。一般住民が苦しむだけです。我々は助け合って生活していきましょう

今、モクレンの枯葉を集め、堆肥作りをしています。出来るところから庭を片づけています。夏のヒャクニチソウが咲き続けていて、抜いたら気の毒かな…と思い続けてきましたが ようやく片づけ始めました。世の中見ますと暗くなります。戦争早く終わりますようにと思いながら生活しています。

フィリピ4:6「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」 この御言葉の様に感謝を込めて祈り続けたいです。 

 

・18日 今年の夏は猛暑でした。家の中も外も熱くて冬が来るのかな…と思いました。神は春夏秋冬をしっかり与えてくださっています。急に寒くなり体調気を付けてください。顔を合わせて礼拝を持て感謝しています。中嶋兄は、今、病院でリハビリに取り組んでいると思います。 小田姉も家で一生懸命リハビリをしていると思います。私たちの祈りに合わせ、2人のこと皆で祈りましょう。先週の水曜日、ニュース見ていましたら、獅子座流星群が1時間に45個流れると言っていて、友人に聞いたところ「見た見た」と言っていました。私は、今度こそ絶対見たい!と、はんてんを着て見詰めていました。しかし見ることが出来ず残念でした。 次回を楽しみにしたいです。元旦礼拝を守られること楽しみにしています。