ヘブライ人への手紙8章   2021.6.13

西澤正文

テーマ:わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる(10)

 今、わたしたちの大祭司であるイエスは、地上のそれよりはるかに優れた務めを得ておられます。更にまさった約束に基づき制定された、更にまさった契約の仲介者になられたからです。キリストの血が、新しい契約の基礎となりました。「罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血」(マタイ26:25)とあります。血は命そのものです。ですから、キリストが捧げた命が、新しい契約の基礎であります。

そして、キリスト者は、この契約に仕える者です。「神はわたしたちに、新しい契約に仕える資格、文字(律法)ではなく霊に仕える資格を与えてくださいました。」(コリントⅡ3:6)

預言者エレミヤは、イエスがこの世に誕生する遥か昔の紀元前626年に召命を受け、神の四つ御心を伝えています。

➀「わたしの律法を彼らの思いに置き、彼らの心にそれを書きつける」(10節) 旧約時代にはイスラエル民族に属することが救いの条件でしたが、新約に入り、各個人が心を開かれ、神の律法がその人その人の心に記されるのです。

②「わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる」(10b節) 旧約時代にはモーセとアロン、その後継者により導かれましたが、新約に入り、他人を介さず、個人との直接関係になりました。

③「彼らは自分の同胞に、仲間に『主を知れ』と言って教える必要はなくなる。小さい者から大き

 

 

 

 

な者に至るまで、彼らはすべて、わたしを知るようになる」 教会や牧師、祭司に霊の問題を任せず、各人が直接、神と霊の交わりの中で神を知る。無教会の信仰そのものです。

④「わたしは、彼らの不義を赦し、もはや彼らの罪を思い出しはしない」(12節) 旧約時代には罪を犯し、神の戒めに反する人は、すべて神の審判を受けましたが、新約は入り、キリストが私たちの罪を負い、十字架に就くことにより、私たちの罪は完全に許され、神の怒りはなだめられました。

 イエスがこの世に誕生する遥か前から、救い主がやってくることを予言され、イスラエルの民に告げられたエレミヤの言葉は、今を生きる私たちの心に染み入ります。

▢まとめとして

 モーセは、神から言われた通りに幕屋建設に励みました。指示通り、通り忠実に従って完成されました。見事です。しかし、わたしたちは、目に見える建物を建てるのではなく、主に喜ばれる信仰生活を建て、それを固め、守って生活することが求められています。

 教会に行って礼拝を守っているという外面でなく、一日一日の信仰生活を建てる=守り続けているのか、神に繋がり神の御声を聴きつつ生活することを求められています。外面でなく、内面を見つめておられる神様を心の中に迎え入れ、神と共に生活していきましょう。