詩編62編             2013.10.21

 

テーマ:信頼、確信の歌

 

2-5わたしの魂は沈黙して、ただ神に向かう。神にわたしの救いはある。 神こそ、わたしの岩、わたしの救い、砦の塔。わたしは決して動揺しない。 お前たちはいつまで人に襲いかかるのか。亡きものにしようとして一団となり 人を倒れる壁、崩れる石垣とし 人が身を起こせば、押し倒そうと謀る。常に欺こうとして 口先で祝福し、腹の底で呪う。

 

只静かに神からの声に耳を傾ける。黙想する。それは、神を信頼しているからこそ静かに黙って寄り添うことができる。信頼できない人は静かにしていられず常にそわそわ落ち着かない。私ダビデにとり神こそ真の拠り所・岩である。だから決して動揺しない。敵はダビデが倒れる石垣のように見えても神の力が背後で支えているので倒れない。

 

6-9わたしの魂よ、沈黙して、ただ神に向かえ。神にのみ、わたしは希望をおいている。

 

神はわたしの岩、わたしの救い、砦の塔。わたしは動揺しない。 わたしの救いと栄えは神にかかっている。力と頼み、避けどころとする岩は神のもとにある。 民よ、どのような時にも神に信頼し 御前に心を注ぎ出せ。神はわたしたちの避けどころ。

 

私ダビデは、神に支えられている。救いは神にある。神は私の岩、砦なのだ。民よ、私に倣い民も神に臨みを託そうではないか。いつも心を神に向けなさい。信頼し、心開き打ち明け、不安、苦しみ、悲しみ、犯した悪、罪を正直に打ち明けなさい。ありのままの自分を神にさらけ出しなさい。

 

10-13人の子らは空しいもの。人の子らは欺くもの。共に秤にかけても、息よりも軽い。 暴力に依存するな。搾取を空しく誇るな。力が力を生むことに心を奪われるな。 ひとつのことを神は語り ふたつのことをわたしは聞いた 力は神のものであり 慈しみは、わたしの主よ、あなたのものである、と ひとりひとりに、その業に従って あなたは人間に報いをお与えになる、と。

 

神が我々の値打ちを見ようとはかりにかける時、針を動かすのは神の信頼の深さである。人間社会の富や名誉、地位など神の秤の針を動かさない。神への忠実な働きこそ永遠の価値である。人の目に価値があると思われるものは、神の秤ではゼロに等しい。箴言11:28「富に依存する者は倒れる。神に従う人は木の葉のように茂る」 私は何度も何度も耳を傾け(2節)、力は神のもの、慈しみは神のものである(13節)ことをお聞きした。

 

清水聖書集会の代表を務められた石原正一様が2010年春、召される数日前の書き記した言葉がある。「主に委ぬ。一切を主が負い給う。『全ての重荷を我に委ねよ 自力にてこれを負わんとすること勿れ』力は主にのみ在り」

 

まとめとして

 

・私の周囲に欺きの行為、批判の声があってもそれに動揺することなく、何度も神の言葉を思い出しつつ、神を信頼し歩もう。

 

・そのためにも自分の心をさらけ出し隠さずに神に伝え、腰を据え「沈黙して神に向かう」ことである。