(1月)
・テサロニケ5:12-13「主に結ばれた兄弟を重んじ、愛を持って尊敬せよ」は、信仰のよりどころと思われる。私は、県下集い、中部 の集いの交わりに仲間入りさせていただいた。それによりキリスト教を続けることが出来たと思う。キリスト教を知らなかった私が、今このように継続できている。キリスト者との交わりを通して、人としての生き方を学ぶ。年を重ね、思いが常に行動できない。新年の挨拶とかあまり出さない。石原兄については、特に葬式を皆で行った。千葉の奥様の葬儀について書かれた「農夫」、あれから10数年経つが一度も見舞わないできた。元気な姿を見たかった。石川さん、村松さんにしてもそう。ご無沙汰している。テサロニケの言葉が実行できない。恩知らずである。思うばかりで何もしない自分が情けない。さいなまれている状態。残された人生感謝をもって生きていきたい。 
・年齢に関係なく、新年を迎えたならば、新しい目標を立てて日々歩んでいきたい。先の女子テニス選手、大阪なおみさんが全豪オープンで優勝したが、その陰で日々練習メニューを組みコツコツ努力していたことを知る。プロ野球のイチロー選手も、年の初めには、毎年毎年目標を立て、練習に取り組むことは大切と言っていた。年齢を重ねると新しい人との出会いはほとんどなくなり、生活の変化が乏しくなる、それだからこそ、自分自身の目標をしっかり立てて過ごすことは大切に思う。たとえ変わりばえしない生活であっても、一日一日時間を大切に使う事が大事と思う。私は、小田兄の言われた御言葉ノートを作り、常に持ち歩いて御言葉を一つでも多く覚えたい、そのことを今年の目標としたい。
(2月)
・1月8日は小田の母の命日です。愛真高校で同居しました。私の両親の略歴は、教会に通い入信した。弟もクリスチャン。母の兄は信者で、家庭内で聖書を語った。昔身近な人に聖書を語る。父、母の兄弟の何人かがキリスト者になる。山口県萩の小さな島で育つ。教会は無く、家庭礼拝をした。小さな時は聖書の話分らなかった。家の中で讃美歌を歌うのがいやであった。小学生の上級生の時クリスチャンになりたくなかった。我が家だけがキリスト教で、他の家は仏教で異なり嫌であった。両親の祈りが私の魂に入った。両親から与えられたと思っている。大人になり信じた方々は偉いと今も尊敬している。子供に伝えたいことは、神に従う人生をしてほしいこと。そのためには、自分自身がイエスの愛に生きなければならないと思う。申命記6:6-9特に大切と思う。 
・吉村兄発行の「いのちの水」12月号。キリストがこの世に来られた目的が書かれてある。 日本は70年戦争無し。愛が成長したから? いじめ、自殺が多い、進学率50%であるが 愛、真実、正義感が豊かでない。広い視野が育っていない。学生は、抗議の声上げない。 罪の問題の解決はできない。そのためにキリストが来られた。罪の悔いのためイエスが来られた。神は全能の神。人間は罪深いものに過ぎない。人間そのものが消えてく存在。キリストにいることは神と共にいること。どんな人も徐々に弱る。事故に遭うこともある。神がおられる、絶対的な存在であり、神の存在は有り難い。
・昨日、たみ姉の施設を訪問した。以前あった顔、手のあざが、ほとんど消え、顔色もよく元気でした。「皆さんに宜しく」と言っていました。また「温かくなったら集会に参加したい」と言っていた。本当にその日が実現できるように祈ります。

(3月)
・最後の晩餐、イエスは悲しい気持ちであったと思う。弟子達のために祈るイエスは、悲しいかったろうと思う。弟子の議論は誰が一番偉いか、であった。お互い支え合い、忍耐により試練に打ち勝つことが大切である。与えられた持ち場に踏みとどまることである。イエスと共に踏みとどまることである。イエスは、仕えるため命を捧げた、このことを胸に刻んで歩みたい。 
・今日は地方選の告知日、当選した政治家は、市民、県民の幸福のために働いていただきたい。反対意見の人多く、中々公約が果たせないのが現実であろう。選挙は大切と思う。信じているイエスがこの世においでになった中東地域が2千年後の現在も紛争の中心になっている。宗教の違い、民族間の争いが続き、隣人愛が実現されていない。子供たちの貧困を知り、ユニセフへ献金している。募金の前に、貧困の起きている国への働きかけをし、何とか貧困に苦しむ国を救えないだろうか? 現在、私は95歳、外見は健康そうに見えるが…最近、全身にできている皮膚病、かゆみに悩まされ、医者に通っている。一日も早く痒みが収まってほしいと願う。  

(4月)
・先週の礼拝後、たみ姉を訪問した。右の腕が痛いと言っていたが、表情は穏やかでいろいろ話せた。たみ姉とは、2017.1月に初めてお会いした。私たち夫婦の清水聖書集会出席を喜んでくださった。その次の礼拝の司会者の感話で「腕が痛いので集会を休みたい」と言ったら娘から「ダメ、礼拝を休んではダメ、後の6日は休んでいいよ」と言われ、「その時、イエスの痛みを感じた。」との話をお聞きした。短時間であったが、たみ姉から安らぎが伝わって来るのを感じた。老人ホーム姉にお会いし、イエスに委ねて過ごされていると思った。私は、主人の母を介護した。母はベッドの上で過ごした。私は、仕事をしながら、合間を見て母の様子を見た。気持ちにゆとりなく疲れ切ってしまった。母のベッドの近くで座ると、母がにこりと笑ってくれた。どんな言葉よりも慰めを感じた。イエスに委ね切る幼子でなければと思う。御国に入るには幼子のように神に委ね切って天国へ行きたい。「私の恵みはあなたに十分である。」の御言葉のように導かれたい。イエスにすべて明け渡し生涯を歩みたい。
・恵みの力を感じた体験をしたことを少し話したい。徳島聖書集会へ向かう日、丁度台風が接近していた。無事に到着できた時、集会の人に祈られていると感じた。私の家に浜松の溝口先生、徳島の吉村兄を迎えた時、祈っていただいたが、その時、祈りの力を感じた。以前清水聖書集会に参加されていた水渕姉が、「西澤兄が静岡庁舎へ行く時に乗る電車の時間に合わせ祈られた」とお聞きし、静岡市・清水市の合併で大変な時に祈られて助かったと思う。集会に縁のある方を思い出し、祈りたい。吉村兄が言われた「祈りの真実はきっと届く」この言葉を信じていきたい。
・体の痒みで薬もらっているが十分に濡れないで苦しむ。息子が家に来て塗ってくれ、それまでの苦しみが解消された。自分で塗る器具を買ってきてくれた。翌日、息子が帰り、医院へ行った。その後、毎日、西澤夫妻が家に来て、塗ってくれて助かる。

(5月) 
・司会の当番に斎藤姉、小田夫妻が参加してくださり、嬉しい。感話当番の日は焦って準備している。仕事を辞めて、十分に時間がるのに、その生活になれ時間があまりない。 庭、料理、運動などして、忙しく過ごしている。家にいる時間を沢山ほしいと思っていながらも、若い人に会って話を聞いたりすると、刺激がある。今、深く考えることが少なくなった。考えることが少なくなり、話すことが少ないのかな、と思う。自分の母親、私と同じ年齢の時に脳血栓で倒れた。毎日、毎日しっかり生きるようにしたい。忙しくても、御言葉をしっかり学ぶが、家ではあまり聖書を開かない。御言葉を学び,より深く伸びていきたい。神の助けを受けて、人間的に大きくなりたい。
・K兄が、最近召された。ショックで残念だった。優しく温かな人であった。私にも優しく話してくれた。Kさんを見ているとKさんみたいに一生懸命生きなければ…、と思った。心が痛みます。兄のために祈りましょう。
(6月)
・K兄の死ショックです。昨年のクリスマス講演会を最後に、集会を一旦退くとの話を伺った。あの日、講演会の準備を手伝い、演題等の表示の張り出しをしていた。体調不良があり、聖書の話よく分からないと言っていた。その後どうしているかな…と、ずっと思っていました。集会中、静かでした。この集会の参加期間中の参加は、どれくらいであったのか。兄に対する祈りが足りなかったことを反省しています。
 今、天国で、主のみ胸の中で安らかに過ごされている、と信じる。最近若い人の孤独死が多い。誰かとどこかでつながりを持つことがたいせつと思う。イエスとのつながりが最も大切であう。
・最近、テレビで、元テニスプレーヤー杉山愛さんの話をお聴きした。杉山さんは、体と心のSOSを聞いてきたとのことでした。腹式呼吸により下腹で深呼吸する。心身共に健康を維持することが出来、国内最高の62回連続出場の記録ができたとのこと。
私の健康法は、イライラに気付くこと。疲労を溜めない為に静かな時間を持つことが大切と思う。そのような時間中、小雑誌・伝道書を開いて読みます。伴さんの夫の祈りをしたい。
・先々週、皆さんで保科姉を訪問。また礼拝に参加したい、と言っていた。実現を待ちたい。私は2年前、同居人死亡。以来、生活保護受けている。収入申告するため区役所へ。先週金曜日にワーカー来訪された。午後に来た。玄関先で、内職の様子を見ていただき、話しをした。小糸製作所の仕事をしたが、手が震えてラインにつけない。そのため内職に落ち着く。3週間前から配線の仕事。今、チュウブを挿入する仕事。毎日2時間従事。
・賛美の曲選んでくださりありがとう。主人に何度詫びていいか分かりません。洗礼によりここまで運んで感謝。夫は、主に喜んでくださっていること実感している。ここのメンバーの愛が、私をここまで変えてくださった。何より主人がわたしの犠牲となっていることを感じる。日常の色々な場面で神と絶えず会話し、祈りたい。神イエスと1対1、天の父と一緒にいることがどんなに楽しいことか。今まで自分が正しいと思い、人に接してきました。主人に孫に長男に、事務員に、教えるわたしが正しいとしてやってきてしまった。 自分が正しくないのに正しい場所においてやって来ましたが、これからは主のことを思いしていきたい。  

(7月)

・「敬愛園恵生教会創立80周年記念誌-続・恵みに生かされて」を読みました。石塚姉がハンセン病になり鹿児島の療養所に入所。結婚。沖縄の弟が青年開発隊に入隊し、ブラジルへ行く途中、姉に会いたいと言い、鹿児島の交通費だけでき、援助した。会っても何も上げるものがなく聖書を上げた。そして弟は聖書を開いた。「疲れた者重荷を負う者…」の御言葉が大きな励ましになった。6年間町に出て働く。町に出てクリスチャンホーム築く。 弟に呼ばれブラジルへ行った。その時、古くなった聖書を見せてくれた。御言葉が大きな励まし、生きた言葉となったことを知る。 
・私は現在65歳、2年前に洗礼受けた。孫8人いる。息子家族と同居して7カ月たちました。夫は3つの病気を抱え療養中。夫は私から離れ心から話し合えない。私は、夫が仕事潰したと思い、蔑ろにした。夫は自己破産した。夫は犠牲になり、私にいろいろなこと教えてくださった。毎朝1時間走っている、夫に何があっても耐えられるように。フルマラソン走りたい、夫を見守りたい。夫が70年かけて悪くなったものをこの1年で治してもらうのは虫が良すぎるのか。今、孫と一緒に生活し幸福の絶頂かと思う。聖書一人一人のバージョンを教えているように思う。具体的であると思う。私は、幼い時からおてんばでした。父にひどい言葉を投げかけてきた。善の様で悪、悪のようで善である。毎朝、お前の人生の目的は何だ 幸福は…神を知ることです! 
「先生、あなたの弟子達にこの検査受けさせますか?」と問う事が多い。夫は、禁煙した。しかし、今も好物の白あんパンを食べている。