マタイによる福音書5:38-48      2015.1.11

38-42復讐してはならない‥‥神に従いなさい

38「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。 39

しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。40あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。41だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。 42求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」

「あなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」この御言葉を最初に聞いた私の印象は、クリスチャンは「なんて弱い人、みじめな人なのだろう。これは弱者の態度ではないか。」と軽蔑したくなるような印象を持った。しかし、その前の「目には目を、歯には歯を」の言葉を受けての教えであることを知った。

 「目には目を、歯には歯を」は、もし危害をこうむったなら同じ程度の報復でとどまりなさい、の教えであり、この規制により際限のない復讐の繰り返しにブレーキをかけたのである。人間の復讐心は、徐々にエスカレートし、憎しみ、敵意は人の理性、冷静さを飲み込む。一昨年の流行語大賞“倍返し”に端的に現れているように、同程度の報復に収まらなくなる。行き着くところは、敵の存在を抹消する殺人である。人間の復讐心を抑えるのは難しい。

しかしイエスはこの同害報復法を廃し、愛と寛容で争いを治めよと教える。当時の習慣では、手の甲で打つことは侮辱を意味し、手のひらで打たれるより2倍の屈辱があったという。イエスは、他の頬をも向けさらに大きな侮辱を受けよと言う。また、イエスの時代のユダヤ人は、貧しくとも下着の着替えは持っていたが、上着の着替えは持っていなかったといわれる。下着を取られたうえに上着まで取れば、その人の生活を奪うことになる。しかし、上着をも差し出しなさいという。「上着を取らせる」とは、命を懸ける、命を差し出すことを意味するのである。

「一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい」の勧めは、ローマの占領下、ローマ兵または、他の権力者から強制労働を課せられた場合、課せられた倍の労働で応答せよ、という教えである。

イエスの教えに従うことは、よほどの積極的な姿勢と、主体性を持った強い生き方をしなければできない。イエスは、悪意の影響を受けず自由な精神と豊かな感情を持ち生活しなさい、と勧めている。

43-48敵を愛しなさい‥‥全ての人を愛しなさい

 43「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。44しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。 45あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。 46自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。 47自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。 48だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」

敵を愛すことが出来るのは、愛には恐れがないということである。愛は積極的に人を受容し、認める。その一方で、恐れは人との交わりを拒み敵対関係を作るのである。「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。なぜなら、恐れは罰を伴い、恐れる者には愛が全うされていないからです。」(ヨハネⅠ4:18)

 「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」太陽も雨も人を差別しない、選ばない。それと同じように神の愛による働きには差別がない。そもそもわれわれ人間は、この世に生まれた時は、皆純真無垢な心で生を受け誕生したのである。その後いろいろな人生の荒波を経て生きながらえている。初めから悪人などはいない、このことを忘れず、人を信じ愛せよとの教えである。

 キリスト者が敵を愛し好意をもって交わるなら、その人の人生の主はイエスであることを証しすることになる。

まとめとして

・人間は、この世に誕生した時、誰一人として悪人はいない。その後いろいろな事情、生活環境により、言うに言われず悪と分かっていながらも、に手を染めざるを得ない人もいる。利害の絡む人間関係の中で時に敵・味方となりもする。人は皆、流動的、相対的な社会の中、人間関係の中で生活している。神の目からすれば人間はみな同じレベルであり、ドングリの背比べである。それを包みこむように神は絶対的な位置において臨在している。神は、常に私に繋がっていなさい、従いなさいと言っておられる。

・神の愛は、自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい、その隣人とは、万人、全ての人であり、国を超え人種を超え神が創造されたすべての人間である。