マタイによる福音書4章        2014.11.30 

伝道開始前のイエス 

イエスは、多くの人々と同じように洗礼者ヨハネから洗礼を受けた。その時、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」との声が天から響き祝福された。そしていよいよ人々の中に入り伝道活動を開始かと思えば、誘惑の試練が待ち構えていた。しかもその誘惑の試練というものも神の計画の一環であった。神に使わされたサタンによる試みであった。 

誘惑の意図 

 神がイエスに誘惑を受けさせる意図は何であろうか。御子イエスは罪のない方、申し分のない救い主に相応しい方であることを実証することにあった。 

 イエスの受けた誘惑は3つあった。第1の誘惑は、40日間断食を終えたばかりで空腹を覚えられたイエスに「石がパンになるように命じたらどうか」。第2の誘惑は、「神の子なら飛び降りたらどうか。足が石に打ち当たることのないよう天使たちは、手で支えてくれるといっている。そのとおりになるかどうか試してみろ」。第3は、イエスを高い所に案内し街々の賑わいを見せ「ひれ伏して拝むならこれをみんな与えよう」と。 

 この3つのサタンの誘惑に対し、イエスは旧約聖書申命記から適切な御言葉を用いて一蹴された。パンでなく神の言葉で生きる、主を試みてはならない、この世の富、権力でなくただ主にのみ仕えよ、と反論した。 

 旧約聖書出エジプト記には、イスラエルの民が奴隷生活から逃れるため指導者モーセによりエジプトを脱出した荒れ野の40年という長く苦難続きの旅について記されている。そのことに触れる使徒言行録の口語訳は「約40年にわたって、荒れ野で彼らをはぐくみ」(13:18)とある。試み、苦難は、人を育むものであるといっている。育てる、成長させるものである。そう理解すれば、イエスが公に伝道開始するに先立ち、神が敢てサタンを使い、イエスを育むための御計画であったこともうなずける。神の御心は本当に深いものである。 

人生の中にも誘惑が 

 我々の人生を重ね合わせても、ふと思いがけない時、誘惑に遭い、苦しい思いをすることがある。誘惑の只中にいる時、「どうして自分ばかりこんな苦しみに遭わなければならないだろうか」と、自分を卑下したり、周り人たちを羨んだりする。しかし時がたち苦しみから解放され振り返ってみると、イエスの試みのように、まんざら悪いことばかりでなかった、良い経験をさせてもらった、人のありがたみが良くわかった、等々の思いが浮かぶのである。「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」(ロマ5:4)この御言葉のように苦難は希望に繋がることを、日々の生活の中からも体験することがある。 

イエスの出番 

 サタンの誘惑に打ち勝ったイエスは、ヨハネがと捕えられたと聞いたこともあり、いよいよ自分の出番が来たことを悟る。イエスは、洗礼者ヨハネの第一声と同じ「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。自分中心の生き方をやめ、神に救いを求めなさい、神の審判がもうすぐこの地上になされ神の支配となる、裁かれる前に早く心を入れ替えなさい、と。 

弟子として招く 

イエスはその後、ガリラヤ湖畔に行かれ、漁師シモン・ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの4人に「人間を獲る漁師にしよう」と声を掛けた。4人は、「待ってました」の如く、直ぐに従った。生活費を稼ぐ「網」「舟」、育ててくれた肉親の代表格「父」を残し、死ぬ覚悟でイエスの後についていった。 

我々が、弟子に置き換え、もしイエスの招きを受けたら弟子と同じ行動がとれるのか、と自問すれば、返す言葉が無い。  

その後、イエスは弟子を引き連れて親しみのあるガリラヤの街々を訪ねた。行く先々の諸会堂で教え、あちこちの町を訪ねては福音を語り、おびただしい病人をいやされた。 

むすびとして 

誘惑は、当初苦しい、悲しいことばかりである しかし時間の経過と共に弱まる。そして10年20年と経

ち、冷静に当時を振り返ってみれば、まんざら辛いことばかりでないことに気付く。一回りも二回りも人間

的に成長させてくれたと思えるのである。 

私は、学生時代4年の間に3回、自然気胸を患った。卒業し就職した年も発生し手術したものの再発し、再

手術をした経験がる。1年生の秋、入院し、12月28日父亡くなった。その知らせを年明けの元旦知らさ

れた。長男の身である私は、家計を考えれば「大学辞めたいとの声がない」と義兄達弟から叱責された。し

かし復学することに落ち着いたもののその後、真っ暗な大学生活を送った。心の悩みを少しでも軽くしたい

ために少しずつ宗教に関心を持つようになった。就職1年目に「朝日ジャナール」を職場で定期購読したと

ころ、「矢内原忠雄伝」に出会い、矢内原のクリスチャンとしての立派な生き方に圧倒された。背中に一本

太い柱が通ったきりっとした生活姿勢に人間的魅力を感じた。その連載を通し、内村鑑三、無教会を知った

のであった。

 病気療養中、父、そして入院中に実施された教員採用最終面接が受けられず教職を失った。しかし、キリスト教に出会った。私自身の小さな体験からも、苦難が希望に通じていることを教えられた。